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zoom RSS 中国「株暴落」の次は「銀行破綻」か

<<   作成日時 : 2016/05/10 10:26   >>

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 上海、深センの両株式市場の6月中旬以降の暴落は、中国政府のなりふり構わぬ株価対策で、とりあえずは収まった。だが、中国経済の先行きに対する不安感は、習近平政権の市場経済の原則を無視した強権的な対策によってかえって高まった。中国経済が1980年代以来の高成長の果てに大きな負の遺産を抱え、壁にぶつかっていることを株式市場の動揺がはっきりと示したからだ。中央政府、地方政府、国有企業の巨額負債、製造業の過剰生産能力と国際競争力の低下、そして中流層にのしかかる不動産、株式の損失、家計債務の膨張などである。中国経済は無理に無理を重ねた高成長のツケを支払う時期が到来している。

<心理相場」の終焉>

 今回の株式市場の暴落はきわめてシンプルな構造で起きた。昨年7月ころから上海、深?の両市場は上昇を始めたが、その半年前から不動産市場の下落が始まっていた。中国の不動産市場は、国民が自己居住用の家を求める健全な購入よりも値上がり期待の投資用が多い。しかも賃貸を中心に考える香港人のマンション投資と違って、短期保有での転売が前提のため、誰も住まない「鬼城(ゴーストタウン)」が全国各地に生まれる。そうしたゴーストタウン住宅の損失があまりに大きくなったため、投資家が損切りして資金を株式市場に移したのだ。

 決して、PER(株価収益率)や業績改善の期待などで株式市場に資金が流れ込んだわけではない。2年前まで中国では理財商品が一世を風靡していた。主に数十日から1年までの短期で高利回りをうたった投資商品だ。集めた資金は不動産開発や地方政府などに貸し出され、全国的なバブル膨張の主な原資となった。中国工商銀行、中国建設銀行のような一流の銀行が発行するものから、名もない田舎町の設立間もない投資会社のものまで玉石混淆だったが、多くの庶民が高利回りに飛びついた。停滞した株式市場より理財商品の方が魅力的だったのだ。最盛期に理財商品の発行残高は15兆元(300兆円)に達したといわれたが、地方のいくつかの投資会社が償還不能(デフォルト)を起こし始め、人気は低下した。

 不動産、理財商品から逃げ出した資金が向かったのが株式市場だ。中国株は2007年10月に上海総合指数が最高値をつけるなど、かつて庶民にとって魅力的な投資先だった時期があったが、その後、一気に2000ポイントを割るまで暴落。その後は昨年まで2000ポイント前後でうろうろする低迷が続いた。株式市場の環境も上場企業の収益も大きな変化はないなかで突然、上げ相場に変わったのは、行き先のない資金が逃げ込んだためだ。株式市場は上昇に転じ、上がり始めれば、さらに資金が流入し、上昇が加速する。まして株式市場をカジノ感覚でとらえる中国人にはチャンスと映った。「人々が上がると考えるために上がる」という心理相場にはいつか終焉が来る。ある日、「王様は裸だ」と誰かが叫ぶと、一気に心理は逆転し、人々は雪崩を打って高値の売り抜けに走った。

<幻想のためのバブル>

 ここまでみれば明らかだが、中国にはリスクに見合ったリターンを得られる投資機会はほとんどない。危うい投資商品の間を人々も企業も行ったり来たり、さまよい歩いているのだ。なぜか? 答えは簡単だ。中国の経済成長はある時期から虚飾そのものになったからだ。よくある経済統計の粉飾といった単純な問題ではない。投資、輸出、消費など本当の成長エンジンが弱まるなかで、高成長を演出しなければならなかった中国共産党は、虚飾の経済成長の演出家になった。成長こそ一党支配を正当化する唯一の根拠だったからだ。それも世界の耳目をひき、国民には短期間での生活水準の向上、豊かさを実感させる高成長ドラマでなければならなかった。

 中国は改革開放政策の成果が出始めた1980年代から、一時的な落ち込みはあったものの高成長が続いてきた。1950年代後半の「大躍進」政策の失敗、1966年から76年まで続いた文化大革命の惨禍というマイナスからのスタートである以上、当初の高成長は当然だったが、1990年代半ば以降は、外国企業の直接投資を呼び込むことで新たな成長モードに入った。外資の輸出向け工場進出が雇用を創出し、国内の消費を活性化させ、輸出と内需が連動して拡大していった。好循環が続き、中国の成長は加速した。ケ小平氏が挑んだ「社会主義市場経済」の実験は成功し、国民の共産党への支持は固まり、国際的な評価も高まった。

 だが、輸出が伸びれば貿易黒字が溜まり、貿易摩擦と通貨の上昇を招く。アジアで高成長を遂げた日本と韓国が歩んだ道とまったく同じ轍に中国もはまった。世界からの貿易不均衡是正のプレッシャーのなか、きわめて不利な条件で世界貿易機関(WTO)に加盟し、人民元の上昇も受け入れた。2005年7月、政府は人民元を切り上げ、緩やかな上昇を容認するようになった。時の胡錦濤政権は米欧日などからの内需型成長への転換要求を飲み、国内で超金融緩和と財政支出の拡大、高成長持続の幻想を国民に与えることでバブルを創り出した。

<高成長ゲームの“マッチポイント”>

 バブルの膨張は中流層を増大させ、一気にマンション、自動車、海外旅行が沿海都市部の庶民の手に届くまでになった。実態はそこまでの実力はないが、手元の流動性と増大した不動産などの資産がそれを支えた。バブルに酔いしれた中流層がさらなる豊かさのためにバブルの拡大再生産を要求し、中央、地方で政府は“バブル膨張マシーン”と化した。

 原資は土地の使用権の譲渡であり、不動産価格の上昇はバブル拡大の大きなツールとなった。政府が土木、建築工事で素材や設備、工業製品の需要を創り出し、国有企業や庶民が投機的な不動産投資で需要を支えた。バブルの拡大再生産のメカニズムは、人の住まないマンション群、売れない工業団地、客のまばらなショッピングモールの増加が誰の目にも明らかになったところで、幕を閉じた。残ったのは不動産の不良在庫の山であり、バブルのサイズに合わせて増強された鉄鋼、アルミ、セメント、家電、自動車などあらゆる産業分野の過剰生産能力である。

 不動産市場を逃げ出して、株式市場で束の間の夢を見た資金が再び株式市場から逃げ出したところで、中国経済の虚飾のメカニズム全体が終わりとなる。中国政府が今回の株式相場の暴落を容認できない理由はそこにある。今回の株式市場の暴落は、テニスで言えば、ある局面の終わりの“セットポイント”ではなく、中国共産党の高成長ゲームの“マッチポイント”なのである。

<長い停滞のトンネルに>

 中国政府はゲームセットを回避するため、様々な方策で株式市場を支えようとするだろう。だが、そのほとんどは経済の根幹を蝕み、将来の回復力を低下させるものだ。例えば、国有商業銀行、証券会社、生命保険に株式を購入させ、大量の株式を保有する大手国有企業には持ち株の売却を禁止したが、これらは国有セクターに巨大な含み損を抱えさせただけのことだ。いずれ株価が急落した時に、銀行経営は不良債権処理に追われ、新規融資の能力が低下する。国有製造業は、過剰生産設備の廃棄、縮小に加え輸出の減退に苦しんでいるうえに、株式の含み損を抱えるため、八方ふさがりに近い状態になるだろう。

 「中国共産党が必ず対策を取る」という甘い期待を持った個人株主がこのタイミングで株式を仕込んでいれば個人の含み損も拡大し、消費拡大には重しとなる。

 より短期に起きる可能性があるのは、銀行、証券の経営破綻だろう。日本のバブル終焉後の展開を思い出せばいい。日本長期信用銀行、北海道拓殖銀行がつぶれ、生保の連鎖破綻が起き、山一証券の自主廃業に到った。中国で銀行破綻が始まった時、中国は日本と同じ長い停滞のトンネルに入ったと判断できるだろう。

http://www.jiji.com/jc/v4?id=foresight_00152_201507290001

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